今ではスーパーのぶどう売り場で当たり前に見かけるシャインマスカット。
大粒で甘く、種がなく、皮ごと食べられる。
少し前までは高級フルーツのイメージが強かったが、
栽培面積が増えたことで家庭用の商品もかなり見かけるようになった。
日本で作られているぶどうの種類を調べたとき、特に驚いたのがシャインマスカットの増え方だった。
2016年には1,196haだった栽培面積が、2023年には2,925haまで拡大している。
わずか7年間で2倍以上になり、長く日本の代表的なぶどうだった巨峰とほぼ同じ規模まで増えた。
なぜシャインマスカットは、これほど短期間で日本中に広がったのだろうか。
調べてみると、「甘くておいしいから」だけではなかった。
皮ごと食べられる手軽さ、生産者にとっての販売単価、栽培上の特徴、輸送や保存のしやすさ。
そしてその背景には、日本で100年以上続いてきたぶどう品種改良の流れがあった。
今回は、シャインマスカットとはどんなぶどうなのか、なぜここまで人気になり、栽培面積が増えたのかを調べた。
シャインマスカットとは?

シャインマスカットは、農研機構が育成した日本生まれのぶどうだ。
農研機構の前身である果樹試験場安芸津支場で育成され、2006年に品種登録された。
主な特徴を整理すると、
| 項目 | シャインマスカット |
|---|---|
| 果皮 | 黄緑色 |
| 果粒 | 約13g程度の大粒 |
| 糖度 | 18%以上になりやすい |
| 酸味 | 少ない |
| 香り | マスカット香 |
| 果肉 | 硬く、噛み切りやすい |
| 種 | 種なし栽培が可能 |
| 果皮 | 渋みが少なく皮ごと食べられる |
| 品種登録 | 2006年 |
農研機構の試験では糖度18%以上、酸度は0.3~0.4g/100ml程度とされている。
甘みが強いだけでなく酸味が少ないため、口に入れたときにより甘く感じやすい。
さらにマスカット特有の香りがあり、硬めの果肉を持つ。
現在では珍しくなくなった「大粒・種なし・皮ごと」という特徴を、一つの品種で持っていることが大きな特徴になる。
シャインマスカットはどんな品種から生まれた?
シャインマスカットの系譜は、
安芸津21号
×
白南
↓
シャインマスカット
となっている。
ただ、この安芸津21号をさらにさかのぼると、シャインマスカットが作られた理由が見えてくる。
安芸津21号は、
スチューベン
×
マスカット・オブ・アレキサンドリア
から育成された系統だ。
スチューベンは米国系ぶどう。
一方、マスカット・オブ・アレキサンドリアは欧州系を代表するマスカット品種で、香りや食感に優れる高級ぶどうとして知られている。
つまりシャインマスカットには、
米国系ぶどう
+
欧州系ぶどう
の両方の系統が入っている。
これは偶然ではなかった。
日本では欧州系ぶどうを作るのが難しかった
世界のぶどうは、大きく見ると欧州系と米国系などに分けられる。
欧州系ぶどうには、
- 果肉が硬い
- 皮ごと食べやすい
- 香りが良い
- 大粒の品種が多い
という魅力がある。
ただし、日本で栽培するには大きな問題があった。
日本は雨が多く、夏も高温多湿になる。
農研機構によると、欧州系ぶどうは日本のような多雨条件では裂果や病害が発生しやすく、
安定して栽培することが難しかった。
一方、米国系のぶどうは病気に強く、日本の気候でも比較的栽培しやすい。
ただ、果肉が柔らかかったり、果皮と果肉が離れやすかったりと、欧州系とは食感が違う。
そこで、
欧州系のおいしさ
×
米国系の育てやすさ
を組み合わせた品種を作ろうとした。
何世代も交配と選抜を繰り返し、その先に生まれたのがシャインマスカットだった。
「マスカット」という名前だけを見ると海外から入ってきた品種のように感じるが、
実際には日本の気候に合わせて長期間かけて育成された品種になる。
人気の理由① 大粒・種なし・皮ごと食べられる
消費者側から見ると、一番分かりやすい人気の理由が食べやすさだ。
従来の大粒ぶどうでは、巨峰やピオーネのように皮をむいて食べるものが多かった。
さらに種ありのぶどうであれば、一粒ずつ種を出す必要もある。
シャインマスカットはジベレリン処理などによって種なし栽培ができるうえ、
果皮の渋みが少なく、そのまま皮ごと食べられる。
つまり、
洗う
↓
房から取る
↓
そのまま食べる
だけでいい。
前の記事で種なしぶどうについて調べたが、
日本ではかなり早くから「ぶどうを食べやすくする」ための栽培技術が発達してきた。
シャインマスカットはそこからさらに一段進んで、種だけでなく「皮をむく」という手間までなくした。
農林水産省も、近年の消費者の簡便化志向に対応した品種として、
種がなく皮ごと食べられるシャインマスカットを挙げている。
人気の理由② 甘いだけではなく香りと食感がある
シャインマスカットの特徴として糖度の高さがよく挙げられる。
ただし、日本にはシャインマスカット以上の糖度になるぶどうも存在する。
人気になった理由を糖度だけで説明するのは難しい。
シャインマスカットの場合は、
高糖度
+
低酸
+
マスカット香
+
硬い果肉
が組み合わさっている。
酸味が少ないため甘みを感じやすく、噛んだときにはパリッとした食感がある。
さらにマスカット香が加わる。
農研機構では、シャインマスカットについて
「マスカット・オブ・アレキサンドリアと同様のマスカット香を有する」としている。
単純に甘いだけでなく、香りと食感まで含めて特徴が分かりやすいぶどうになっている。
人気の理由③ 日持ちして輸送しやすい
消費者からはあまり見えないが、流通面でもシャインマスカットには特徴がある。
農研機構によると、シャインマスカットは巨峰よりも脱粒しにくい。
脱粒とは、房から粒が落ちてしまうことだ。
収穫した時点ではきれいな房でも、輸送中に粒が落ちれば商品価値が下がってしまう。
シャインマスカットは果梗と粒が比較的しっかりついていて、日持ちも良い。
そのため、
農園
↓
市場
↓
スーパー
↓
消費者
まで運ぶ間に品質を保ちやすい。
贈答用として全国へ発送する場合にも、この特徴は大きい。
現在では海外への輸出も行われており、輸送耐性や日持ちは商品としてかなり重要な性質になる。
おいしさだけでなく「売りやすい」という特徴も持っていた。
人気の理由④ 生産者にとって単価が高かった
生産者側から見ると、もう一つ大きいのが販売価格だ。
シャインマスカットは高級ぶどうとして市場が形成され、巨峰など従来品種より高単価で販売される時期が続いた。
そのため、既存のぶどう園でシャインマスカットへ植え替える動きが各産地で進んだ。
特に分かりやすいのが山梨県だ。
農林水産省の資料によると、山梨県のぶどう栽培面積に占めるシャインマスカットの割合は、
2009年:0.7%
↓
2023年:20.9%
まで増えている。
農林水産省は、単価の低いワイン用品種などから高単価なシャインマスカットへ転換する農家が増えていることも指摘している。
消費者に人気になった結果、生産者が作る品種まで変わったことになる。
栽培面積は7年間で2倍以上になった

全国でもシャインマスカットは急速に増えている。
農林水産省の品種別栽培面積を見ると、
| 年 | 栽培面積 |
|---|---|
| 2016年 | 1,196ha |
| 2017年 | 1,379ha |
| 2018年 | 1,625ha |
| 2019年 | 1,840ha |
| 2022年 | 2,673ha |
| 2023年 | 2,925ha |
2016年から2023年の7年間で2倍以上になった。
2023年の巨峰は約2,967haなので、ほぼ同じ規模まで増えている。
30年以上前、日本のぶどうはデラウェアが最大だった。
その後は巨峰やピオーネのような大粒品種が増え、
現在ではシャインマスカットが最大級の栽培面積を持つところまで来ている。
日本のぶどう畑の品種構成そのものを変えた品種といっていい。
シャインマスカットは生産者にとっても作りやすい?
ここは少し注意が必要だ。
「日本の気候でも育てやすいように作られた品種」だからといって、
シャインマスカットの栽培が簡単という意味ではない。
種なしにするためのジベレリン処理、房の形を整える花穂整形、摘粒、袋かけなど、多くの作業が必要になる。
高品質な房を作るにはかなり手間がかかる。
さらに、粒を大きくしすぎたり、房に多く着果させたりすると、糖度や品質が低下する場合もある。
一方で、黒系・赤系ぶどうとは違う特徴もある。
巨峰やクイーンニーナのような色のあるぶどうでは、高温による着色不良が問題になる。
シャインマスカットは黄緑色なので、果皮を黒や赤に着色させる必要がない。
近年の高温条件では、ここも栽培上の違いになっている。
「簡単に作れる品種」ではないが、日本の気候への適応や商品としての扱いやすさも、
広がった理由の一部と考えられる。
シャインマスカットはなぜ高い?
シャインマスカットは以前より手頃な商品も増えたが、今でも高級ぶどうのイメージが強い。
その理由の一つが、栽培に必要な作業量だ。
一房を商品にするまで、
- 花穂整形
- ジベレリン処理
- 摘粒
- 房づくり
- 袋かけ
- 収穫
など多くの手作業が必要になる。
特に摘粒では、房に残す粒を一つずつ調整する。
贈答用になると、房の形、粒の大きさ、糖度、見た目などの基準も厳しくなる。
同じシャインマスカットでも、
家庭用
↓
秀品
↓
大房・高等級の贈答用
で価格はかなり違う。
そのため「シャインマスカットは1房○円」と固定することは難しい。
栽培面積が増えて価格帯は広がったが、高品質なものを作るための手間がなくなったわけではない。
日本の主力品種になったあと、今度は新品種の親になった

シャインマスカットの影響は、自身の栽培面積が増えただけではない。
最近は、各県が開発する新しいぶどうの親として使われている。
例えば、
ユニコーン × シャインマスカット
→ クイーンルージュ(長野県)
サニードルチェ × シャインマスカット
→ サンシャインレッド(山梨県)
ベニバラード × シャインマスカット
→ 神紅(島根県)
となっている。
3品種とも赤色の大粒ぶどうで、種なし・皮ごとというシャインマスカットの特徴を受け継いでいる。
全国で人気になったシャインマスカットが、今度は地域オリジナル品種を作るための親として使われている。
一つの人気品種から、さらに次の世代へ品種改良が進み始めていることになる。
シャインマスカット人気はこれからも続く?
ここまで急速に増えたシャインマスカットだが、今後も同じように増え続けるとは限らない。
栽培面積が増えれば市場への供給量も増える。
以前より家庭用の商品を見かけるようになったのも、生産量が増えた影響の一つと考えられる。
一方で、各県ではクイーンルージュやサンシャインレッド、神紅のような次世代品種も育成されている。
黒系ではナガノパープル、赤系ではクイーンニーナなど、
シャインマスカットとは違う色や味を持ちながら、種なし・皮ごとという食べやすさを備える品種もある。
これからは「シャインマスカットか、それ以外か」というより、
シャインマスカットが広げた食べやすさを、どんな色・味・香りへ発展させるか
という段階に入っているのかもしれない。
調べて思ったこと
シャインマスカットが人気になった理由は、単純に「甘くておいしいから」だと思っていた。
もちろん味は大きい。
ただ、調べてみると、大粒で種がなく皮ごと食べられるという消費者側の便利さだけでなく、
日持ちや脱粒のしにくさ、高単価で販売できることなど、生産・流通側にも広がる理由があった。
さらに、その背景には、日本の雨が多い環境でも欧州系ぶどうのようなおいしさを実現しようとした長い品種改良がある。
一つの特徴だけが突出しているのではなく、
味、香り、食感、食べやすさ、作りやすさ、流通性がかなり高い水準でまとまっていた。
だから短期間でここまで広がったのだと思う。
そして現在は、そのシャインマスカットが各県の新品種の親になっている。
スーパーに普通に並ぶようになった一房のぶどうだが、
日本のぶどう品種そのものを変えた影響は思っていた以上に大きかった。
出典
- 農研機構「シャインマスカット」
- 農研機構「シャインマスカット誕生まで」
- 農林水産省「ぶどうの品種」
- 農林水産省「特産果樹生産動態等調査」
- 農林水産省「果樹をめぐる情勢」
- 長野県「クイーンルージュ」
- 山梨県果樹試験場「サンシャインレッド」
- 島根県「神紅」
