前回、すだちについて調べた。
すだちは徳島に古くから原生していた香酸柑橘で、全国出荷量の98%を徳島県が占めている。
そこで次に気になったのが、よく似たかぼすだ。
すだちが徳島なら、かぼすは大分。
この組み合わせ自体はなんとなく知っていた。
でも、
かぼすって、そもそも日本の果物なのか。
なぜ大分県ばかりで作られているのか。
までは考えたことがなかった。
調べてみると、こちらもかなり極端だった。
大分県によると、全国のかぼす生産量の約99%を大分県が占めている。
すだちの徳島98%とほぼ同じだ。
しかも、大分では江戸時代からかぼすが栽培され、現在も臼杵市には樹齢200年前後とされる古木が残っている。大分県の資料では、こうした状況から大分県が原産と考えられていると紹介されている。
今回は、かぼすとはどんな柑橘なのか、そしてなぜ大分県が全国ほぼ独占の産地になったのかを調べてみた。
かぼすは、すだちやゆずと同じ「香酸柑橘」
かぼすは、すだちやゆず、レモンなどと同じ香酸柑橘の一つだ。
果実をそのまま食べるというより、
- 焼き魚
- 刺身
- 鍋料理
- 酢の物
- 麺類
- 飲み物
などに果汁を絞り、酸味や香りを加えて使う。
特徴の一つが、緑色の時期に収穫されること。
かぼすは完熟すれば黄色くなるが、大分かぼすは香りや風味に優れる緑色の時期に収穫する。
農林水産省も、爽やかな香りと強すぎない酸味を大分かぼすの特徴としている。
すだちとかなり似ているが、一般的にかぼすの方が果実は大きく、果汁も多い。
「小さい緑色の柑橘」という見た目だけでは分かりにくいが、別の果物だ。
かぼすは日本原産なの?
今回、一番最初に気になったのがここだった。
前回調べたすだちは、農林水産省が「万葉の昔から徳島に原生」と明記している。
一方、かぼすは少し事情が違う。
農林水産省の資料では、大分県では江戸時代からかぼすが栽培されてきたことが確認できる。英語版のGI資料では「江戸時代末期から」とされている。
さらに、大分県臼杵市にはこんな言い伝えがある。
江戸時代、宗源という医師が京都から持ち帰った苗木を植えたことが、当地での栽培の始まりとされている。
現在も臼杵市には樹齢200年前後の古木が数本残っている。大分県の資料では、全国的にこれほど古いかぼすの木が見られないことから、大分県が原産と考えられていると説明している。
ただし、
「日本原産である」と確定している
とまでは言い切らない方がよさそうだ。
確認できる一次資料から言えるのは、
大分では江戸時代から栽培され、現在も非常に古い木が残っており、大分県原産と考えられている
というところまでだ。
すだちの「徳島に原生」とは、少し違う歴史を持っている。
全国のかぼすの約99%が大分県産
現在の産地を見ると、大分県の存在感は圧倒的だ。
大分県は、全国のかぼす生産量の約99%を大分県が占めると紹介している。
また、農林水産省の旧GI登録資料では、昭和53年以降、大分県がかぼすの全国生産量の90%以上を継続して占めてきたことも記されている。
つまり、最近になって急に大分へ集中したわけではない。
何十年も大分県が圧倒的なシェアを維持している。
「大分はかぼすが有名」という程度ではなく、日本のかぼす供給そのものをほぼ一県で支えている状態だ。
では、なぜここまで集中したのだろう。
昔のかぼすは「特産品」ではなく、庭先の果樹だった
今では大分を代表する農産物だが、昔から大量に商品として作られていたわけではない。
農林水産省によると、大分では江戸時代からかぼすが栽培され、古くは薬用として利用されていた。
県内の民家の庭先などで育てられ、家庭で使われる果樹だった。
現在のように、大分県 → 全国へ大量出荷という農産物ではなかったわけだ。
ここから産地として大きく変わったのが、昭和40年代だった。
昭和40年代、県が栽培を奨励して産地が一気に拡大した
農林水産省の旧「大分かぼす」登録簿には、現在の産地形成についてかなり具体的に書かれている。
かぼすが調味料に適した柑橘として評価されるようになり、
昭和40年代に大分県が栽培を奨励したことで、栽培面積が急速に拡大した。
つまり、
江戸時代から地域で栽培
↓
家庭で薬用・食用として利用
↓
昭和40年代に県が栽培を奨励
↓
農産物として産地化
という流れになる。
もともと地域にあった果物を、そのまま残したのではない。
「大分の農産物」として本格的に育て始めた。
ここが現在の約99%につながる最初の大きな転換点だった。
一村一品運動で「大分のかぼす」が全国へ広がった
さらに大きな転機になったのが、一村一品運動だ。
昭和54年(1979年)、当時の大分県知事が一村一品運動を提唱した。
農林水産省の旧GI登録簿では、もともと県内で栽培されていたかぼすが、その運動の「旗手」としてイベントなどで紹介され、大分県の特産品として注目されるようになったことが記されている。
さらに大分県カボス振興協議会が、大都市圏や県内で消費拡大活動を継続。
ここで、作る産地だけではなく、
全国へ売る産地へ変わっていった。
大分県に昔からあった果物を、県を挙げてブランドに育てた。
約99%という現在のシェアを考えるうえで、一村一品運動はかなり大きな要素だった。
ハウス・露地・貯蔵をつないで一年中出荷する

大分のかぼす産地が強い理由は、生産量だけではない。
現在は、一年を通じて緑色のかぼすを供給できる体制が作られている。
大分県によるとハウス・露地・貯蔵をリレーすることで、グリーンかぼすを周年供給している。
| 出荷方法 | 主な時期 |
|---|---|
| ハウス栽培 | 3〜7月 |
| 露地栽培 | 8〜9月 |
| 貯蔵 | 10〜2月 |
さらに、
- 長期間鮮度を保てる貯蔵庫
- 緑色が濃く貯蔵に向く品種
- 種が少なく貯蔵性の高い新品種
などの開発・導入も進められてきた。
流れとしては、ハウス→ 露地→ 貯蔵→ またハウスとなる。
旬の時期に大量に作るだけではない。
一年中、商品価値の高い緑色のかぼすを市場へ出す仕組みまで作った。
全国需要のほぼすべてを一県で支えられる背景には、こうした産地技術もある。
「緑色のうちに出す」ための基準まである
かぼすは、ただ緑色なら何でもいいわけではない。
旧「大分かぼす」のGI明細書では、大分県が蓄積したデータから果汁の割合を予測し、県内全域で果汁歩合がおおむね20%以上になると見込まれる日を出荷適正日として設定していた。
つまり、緑色+香り+果汁量を見ながら、出荷する時期まで管理してきた。
ラ・フランスでも販売開始基準日が設定されていたが、かぼすにも似た発想がある。
産地化というのは、単に栽培面積を増やすことではない。
「いつ収穫して、どういう状態で市場に出すか」まで揃えることも含まれている。
2017年にGI登録、2026年には登録が消除された
「大分かぼす」は2017年5月26日、農林水産省の地理的表示(GI)保護制度に登録された。
地域で長年栽培されてきた歴史、一村一品運動によるブランド化、周年供給体制などが、産地との結びつきとして示されていた。
ただし、現在は登録産品ではない。
農林水産省によると、2026年1月31日に登録が失効し、3月11日に登録が消除された。
理由は、登録生産者団体による生産行程管理業務の廃止だった。
ここは誤解しないようにしたい。
GI登録が消除されたからといって、大分県がかぼすの主要産地ではなくなったという意味ではない。
GIという制度上の登録と、産地としての歴史・生産量は別の話だ。
約99%という圧倒的な生産シェアや、長年積み上げられてきた産地形成が消えるわけではない。
すだちと比べると、似ているようで成り立ちが違う

前回調べたすだちと並べると、かなり面白い。
| すだち | かぼす | |
|---|---|---|
| 圧倒的産地 | 徳島県 | 大分県 |
| 集中度 | 全国出荷量98% | 全国生産量約99% |
| 古い歴史 | 徳島に原生 | 大分で江戸時代から栽培 |
| 産地化 | 昭和40年代から本格化 | 昭和40年代に栽培奨励 |
| 全国展開 | 県による産地振興 | 一村一品運動など |
| 周年供給 | ハウス・露地・貯蔵 | ハウス・露地・貯蔵 |
どちらも一県へ極端に集中し、一年を通じて供給できる体制まで作っている。
ただしルーツは違う。
すだちは、徳島に古くから原生していたことが国の資料で明記されている。
かぼすは、大分で江戸時代から栽培され、非常に古い木が残ることから、大分県原産と考えられている。
似たような緑色の柑橘でも、産地形成の歴史は同じではなかった。
→ すだちは日本原産?全国出荷量の98%を徳島県が占める理由を調べてみた
すだちとかぼすは何が違う?
見た目が似ているので、正直、私も細かな違いまでは分かっていなかった。
一番分かりやすいのは大きさだ。
一般的に、かぼすはすだちより大きい。
どちらも緑色の時期に収穫して香りや酸味を楽しむ香酸柑橘だが、かぼすは果汁が多く、すだちは小ぶりで香りが強い。
そして産地はかなりはっきり分かれている。
・すだち=徳島
・かぼす=大分
ここまで調べると、「似た果物」というより、それぞれ別の地域農業によって作られてきた果物に見えてくる。
ゆずやライム、レモンまで加えると、さらに違いが分かりやすくなりそうだ。
調べて思ったこと

今回、一番驚いたのは、大分県が全国のかぼす生産量の約99%を占めるという数字だった。
すだちの徳島98%を調べた直後だったので、ある程度集中しているとは思っていた。
それでも約99%は想像以上だった。
さらに面白かったのは、単に大分でよく育つから現在の形になったわけではないことだ。
・江戸時代から地域で育てられてきた。
・昭和40年代に県が栽培を奨励した。
・一村一品運動をきっかけに全国へ売り出した。
さらに、ハウス栽培・露地栽培・貯蔵を組み合わせて、一年中緑色のかぼすを供給できるようにした。
整理すると、
江戸時代から大分で栽培
↓
家庭で薬用・食用として利用
↓
昭和40年代に県が栽培を奨励
↓
産地が急速に拡大
↓
1979年の一村一品運動で全国へPR
↓
周年供給体制を確立
↓
全国生産量の約99%を占める産地へ
という流れになる。
「大分はかぼすが有名」という一言だけでは、かなり情報が抜け落ちていた。
すだちも、かぼすも、ただ一つの県でよく育ったから現在のシェアになったわけではない。
地域にあった果物を、栽培し、売り、品質を揃え、一年中供給できるところまで産地を作った。
料理の横に添えられている小さな柑橘から、思っていた以上に地域農業の歴史が見えてきた。
参考・確認した情報源
- 大分県「大分県特産の“かぼす”の販売促進について」― 全国生産量約99%
- 大分県「大分県の特産品(カボス)」― 臼杵市の伝承、樹齢200年前後の古木
- 大分県「大分かぼす」資料― 大分県原産と考えられる根拠、品種開発
- 大分県「カボスの周年供給について」― ハウス・露地・貯蔵による周年供給
- 農林水産省「大分かぼす 登録簿・明細書」― 江戸時代からの栽培、昭和40年代の産地拡大、一村一品運動、周年供給
- 農林水産省「登録の消除の公示(登録番号第33号)」― GI登録の失効・消除

