いちご狩りへ行くと、ハウスの中をミツバチが飛んでいることがある。
最初は花の蜜を集めに自然と入ってきたのかと思っていたが、実際には農家が受粉のために巣箱ごと導入している。
農林水産省の資料では、施設いちごの栽培面積の約9割で花粉交配用のミツバチが使われている。
いちご栽培では、かなり一般的な存在になっている。
では、いちごはミツバチがいないと実がならないのだろうか。
さらに、ミツバチはいつハウスに入れ、収穫が終わった後はどこへ行くのか。
1箱いくらくらいかかるのか、ミツバチを使わない方法はあるのかまで調べてみた。
いちごにミツバチが必要なのは、きれいな形の実を作るため

いちごの花を見ると、中央に小さな雌しべがたくさん集まっている。
ここへ花粉が届き、それぞれが受精することで、その周囲の花托が膨らんでいく。
私たちが果肉だと思って食べている赤い部分は、植物学上では「花托」と呼ばれる部分になる。
表面についている一粒一粒のつぶが本来の果実で、その中に種子が入っている。
いちごがきれいな円錐形に育つためには、花の一部だけではなく、
できるだけ全体が均等に受粉することが重要になる。
受粉できなかった部分が多いと、その周辺だけ十分に膨らまず、先端や側面がへこんだ変形果になることがある。
つまりミツバチの役割は、単に「実をならせる」だけではない。
商品として形の整ったいちごを作るうえでも重要になっている。
ミツバチは花の上を動きながら花粉を運ぶ
ミツバチは、いちごの花から蜜や花粉を集める。
そのとき花の中央を動き回り、体毛に付着した花粉を多数の雌しべへ運んでいく。
日本養蜂協会でも、ミツバチはいちごの花の上を回るように動きながら受粉させると説明している。
人の手で一つひとつの花へ花粉を付けることもできるが、ハウス内には大量の花が咲く。
そこをミツバチが自分で飛び回ってくれるため、受粉作業を大幅に省力化できる。
ミツバチはいつハウスに入れる?
ミツバチは、一年中いちごハウスに置かれているわけではない。
基本的には、いちごの花が咲き始める時期に合わせて導入する。
例えば栃木県の促成栽培では、9月ごろに苗を定植し、10月下旬ごろから花が咲き始める。
この開花時期に合わせてミツバチを入れ、11月以降の収穫につなげていく。
ただし、花がほとんど咲いていない時点で早く入れればいいわけではない。
農林水産省の管理マニュアルでは、花が少ない時期に導入すると蜜や花粉が不足して蜂群が弱るため、
ある程度開花がそろってから導入することが勧められている。
いちごの生育だけではなく、ミツバチ側の餌の量まで考えて導入時期を決めている。
収穫が始まってからもミツバチは必要
いちごは、一度だけ花が咲いて収穫が終わる作物ではない。
次々に花房が上がってくるため、冬から春にかけて開花と収穫が長く続く。
そのためミツバチも、数日だけ利用するものではない。
日本養蜂協会によると、いちごでは6カ月近く働いてもらう場合もある。
例えば10月や11月に導入し、そのまま春まで利用することもある。
ただし、最初に入れた働きバチが半年間ずっと同じ個体で働いているわけではない。
巣箱の中には女王蜂がおり、群の中で新しい働きバチが生まれる。世代交代をしながら蜂群全体を維持している。
1箱には何匹くらいのミツバチがいる?
花粉交配用に使うミツバチは、数十匹という規模ではない。
日本養蜂協会では、いちごの場合、10a当たり1群でおよそ6,000〜8,000匹を一つの目安としている。
10aは1,000㎡なので、その程度のハウスなら巣箱1箱が目安になる。
ただし、必要な蜂群数はハウスの形や広さ、花の量によって変わる。農林水産省の資料では、5〜10a程度の単棟ハウスなら1箱、20〜30a程度になると2箱など、栽培面積に応じた目安が示されている。
蜂が多ければ多いほど受粉が良くなるわけではない。
花の量に対して蜂が多すぎれば餌が足りなくなり、蜂群そのものが弱ってしまう。
巣箱はハウスの外に置く場合もある
「ハウスへミツバチを入れる」と聞くと、巣箱ごとハウスの中央に置くイメージがある。
実際には、巣箱をハウスの外側へ置き、出入口だけをハウス内部につなぐ方法も使われている。
理由の一つが温度だ。
晴れた日のハウス内部はかなり高温になるため、巣箱そのものを中へ置くと内部温度が上がりすぎ、蜂群が弱ることがある。
そのため農林水産省の管理マニュアルでも、巣箱はできるだけ温度変化の少ない場所へ設置することが重要とされている。

ミツバチは普段どこにいる?
ここは調べるまでよく分かっていなかった。
いちご農家が、受粉用のミツバチを一年中ずっと飼育しているとは限らない。
花粉交配用のミツバチは、養蜂家が管理している蜂群を必要な時期だけ農家へ貸し出す仕組みがある。
いちごの開花時期になると養蜂家から農家へ巣箱が渡り、ハウスで受粉に使われる。
リース契約であれば、利用期間が終わったあとに養蜂家へ返却される。
返ってきた蜂群は再び養蜂家が管理し、状態を整える。季節や養蜂家によっては、採蜜や別の作物の花粉交配などに使われることもある。
いちご農家だけで受粉まで完結しているのではなく、養蜂家との分業によって成り立っている。
冬のミツバチは本来あまり外で活動しない
野外のミツバチは、冬になると活動量がかなり落ちる。
気温が低くなると巣箱の中で集まり、春が来るまで群を維持する。
産卵や育児も、春から夏ほど活発ではない。
一方、いちごの促成栽培では、その冬にミツバチへ働いてもらう。
ハウス内は外より暖かいため飛ぶことはできるが、本来自然界で花が少ない時期でもある。
そのため餌や温度、花の量などを人が管理しなければ、蜂群は徐々に弱ってしまう。
いちごの花だけでは餌が足りないこともある
ミツバチは、いちごの花が咲いていれば何カ月もそのまま生きられるわけではない。
日本養蜂協会によると、いちごの花だけでは蜂群を長期間維持するための蜜や花粉が不足する場合がある。
特に、最初の花房の収穫が終わり、次の花房が咲くまでの間など、ハウス内の花が一時的に少なくなる時期は餌不足が起こりやすい。
その場合は砂糖水などの糖液や、代用花粉を補助的に与えることもある。
農業資材のように巣箱を置けば終わりではなく、ミツバチ自体も一つの家畜として管理する必要がある。
花粉交配用ミツバチはいくらする?
料金は、蜂群の大きさ、女王蜂の有無、時期、地域、購入かリースかによってかなり変わる。
2026年の販売例を見ると、花粉交配用ミツバチは1群あたりおおむね3万〜5万円前後で販売されているものがある。
例えば、ある養蜂場の価格表では、1.5枚群・女王なしで約2.7万円、2枚群・女王ありで約3.3万円、3枚群・女王ありでは約4.4万〜4.7万円となっていた。
別の販売例でも、女王蜂ありで3,000匹程度なら約3万円、6,000匹程度で約4.2万円、8,000匹程度で約4.7万円という価格帯が見られる。
| 蜂群の例 | 販売価格の目安 |
|---|---|
| 小規模群 | 約2.7万〜3万円 |
| 6,000匹前後 | 約4万円前後 |
| 8,000匹前後 | 約4.5万〜5万円 |
これはあくまで2026年時点の販売例で、全国一律の価格ではない。
リースの場合も契約期間や蜂群サイズ、配送距離などによって料金は変わる。
10a程度のいちご栽培で1群使うと考えると、ミツバチだけでも数万円単位のコストになる。
購入する場合とリースする場合がある
花粉交配用のミツバチは、農家が買い取る方法と養蜂家から借りる方法がある。
リースでは必要な期間だけ蜂群を借り、受粉シーズンが終わったら養蜂家へ返す。
農家が一年中蜂群を維持しなくてもよいため、いちご栽培では使いやすい方法になる。
一方、買い取る場合は返却する必要がないが、利用後の管理や処分まで農家側で考えなければならない。
日本養蜂協会では、花粉交配に使った買い取り巣箱をそのまま放置すると病害の感染源になる可能性があるため、利用終了後は適切に管理・処分するよう案内している。
農薬を使うときはミツバチにも配慮する
いちご栽培では、病害虫防除のため農薬を使う場面がある。
ただし、農薬の中にはミツバチへ影響するものもある。
そのため農薬を散布する際には、使用する農薬の影響期間を確認したうえで巣箱を一時的に外へ移すなどの対応が必要になる。
日本養蜂協会では、必要に応じて日没後に巣箱をハウス外へ移動し、
農薬ごとに設定されている安全な期間を確認してから戻す方法を案内している。
いちごの防除計画を立てるときも、病害虫だけではなく受粉用ミツバチへの影響まで考える必要がある。
ミツバチを使わずにいちごを作ることはできる?
ミツバチがいないと、いちごが絶対に作れないわけではない。
必要なのは花粉を雌しべへ運ぶことなので、別の方法で受粉できれば果実は作れる。
現在考えられる方法には、人工授粉のほか、マルハナバチやハナアブなど別の昆虫を使う方法がある。
さらに最近では、昆虫を使わず機械で風を当てて受粉させる技術も開発されている。
人が人工授粉する方法
最も分かりやすい代替方法が、人の手で花粉を付ける人工授粉だ。
筆などを使ったり、花を振動させたりして花粉を動かす。
ミツバチの活動が悪い低温期などに、補助的に人工授粉を行う研究も行われてきた。
ただし、いちごハウスには大量の花がある。
一つひとつ人が受粉していけば、かなりの作業時間が必要になる。
大規模な栽培でミツバチが広く使われているのは、この受粉作業をほぼ自動化できるためでもある。
マルハナバチを使う方法
花粉交配用昆虫としては、マルハナバチも利用されている。
特にトマトでは広く知られているが、いちごの受粉にも利用できる。
マルハナバチは、低温や曇天などミツバチの活動が落ちやすい環境でも比較的活動しやすい場合がある。
そのためミツバチの代替や補助として使える可能性がある。
ただし、作物との相性や価格、飼育環境などが異なるため、
現在のいちご栽培で全面的にミツバチへ置き換わっているわけではない。
ハナアブを使う方法もある
最近は、ハナアブ類を花粉交配用に利用する取り組みも進んでいる。
農林水産省も花粉交配用昆虫の一つとして、ビーフライなどを紹介している。
ミツバチだけに依存すると、養蜂家の減少や蜂群不足、病害などの影響を受けやすい。
そのため別の昆虫も使えるようにすることは、農業全体の受粉リスクを下げる方法の一つになる。
風だけで受粉する装置も開発されている
さらに、昆虫を使わない技術も開発され始めている。
農研機構では2026年度から、いちごの高設栽培向けに送風受粉システムの開発を進めている。
花へ自動的に風を当てることで花粉を動かし、受粉させる仕組みだ。
ミツバチが飛びにくい曇天時や、花粉交配用蜂群の不足といった問題への対応も期待されている。
まだ開発段階だが、将来はいちごハウスでミツバチが飛ぶのではなく、機械が受粉作業を行う農園も増えるかもしれない。

それでも今はいちご栽培の約9割でミツバチが使われている
人工授粉やマルハナバチ、ハナアブ、送風といった代替方法はあるが、現在はまだミツバチが主流だ。
農林水産省の2026年資料では、施設いちごの栽培面積3,171haのうち、ミツバチを利用している面積は2,815ha。
割合にすると約89%になる。
これだけ普及しているのは、広いハウス内を自分で飛び回り、大量の花を長期間受粉してくれるからだ。
人が一花ずつ作業する必要もなく、数千匹単位の蜂群が毎日ハウス内を動いてくれる。
現在の施設いちご生産を支える重要な存在になっている。
ミツバチ不足が農業の問題になる理由
施設いちごの約9割がミツバチに頼っているなら、蜂群が不足したときの影響も大きい。
農林水産省では現在、花粉交配用ミツバチの安定確保を農業上の課題として扱っている。
養蜂家と園芸農家の連携や蜂群の長寿命化に加え、
マルハナバチやハナアブなど別の受粉昆虫を利用する取り組みも進めている。
ミツバチは蜂蜜を採るためだけの昆虫ではなく、施設園芸を支える農業資源にもなっている。
調べて思ったこと
いちごハウスで飛んでいるミツバチは、最初は自然に入ってきた虫だと思っていた。
実際には農家が受粉のために導入していて、10a程度のハウスなら数千匹規模の蜂群を使うこともある。
さらに面白かったのは、そのミツバチを農家が一年中飼っているとは限らないことだった。
養蜂家から必要な時期だけ借り、いちごの開花期が終われば返却する仕組みもある。
いちご農家だけで完結しているように見える栽培の裏側で、養蜂家との分業が成り立っている。
ミツバチが不足したり、低温や曇天で十分に活動できなかったりすれば
、受粉不良によって果実の形が崩れることもある。
そのため最近ではマルハナバチやハナアブ、さらに送風による受粉技術まで研究されている。
スーパーで見る整った形のいちごは、品種や肥料だけで作られているわけではない。
花の段階では、ミツバチのような別の生き物まで生産の一部になっていた。
出典
- 農林水産省「花粉交配用昆虫について」
- 農林水産省「花粉交配用ミツバチの使用割合」
- 農林水産省「花粉交配用ミツバチを適切に管理しましょう」
- 日本養蜂協会「イチゴ」
- 日本養蜂協会「ハウスで利用する場合の留意事項」
- 栃木県いちご研究所「いちご栽培の1年」
- 農研機構「イチゴの送風受粉システムの開発」
- 間室養蜂場「ミツバチ価格表 2026年」
