いちご狩りへ行くと、腰くらいの高さにいちごが並んでいる農園がかなり多い。
一方、昔ながらの畑では地面に作った畝にいちごが植えられている。
この違いを調べると「土耕栽培」と「高設栽培」という言葉が出てくる。
さらに高設栽培について調べると、
「養液栽培」
「培地栽培」
「水耕」
「養液土耕」
など似た言葉まで出てきて、少し分かりにくい。
最初は、地面で作るのが土耕、高い棚で水だけで作るのが高設栽培なのだと思っていた。
しかし実際には違う。
高設栽培は「どの高さで育てるか」の話で、養液栽培は「根に水と肥料をどう供給するか」の話になる。
そのため、高設ベンチの中に培地を入れて養液を供給する方法もあれば、
地面の土へ点滴で液肥を与える方法もある。
今回は、いちごの土耕・高設・養液栽培にはどんな違いがあるのか、
作業性や収量だけでなく、気になる味や設備費まで調べた。
まず土耕・高設・養液栽培は何が違う?

最初に大まかに整理するとこうなる。
| 項目 | 土耕栽培 | 高設栽培 | 高設養液栽培 |
|---|---|---|---|
| 栽培位置 | 地面 | 腰前後の高さ | 腰前後の高さ |
| 根を張る場所 | 畑の土 | 土・培地など | ヤシガラ・ピートモスなどの培地 |
| 水・肥料 | 土壌へ施用 | 方式による | 培養液を細かく供給 |
| 作業姿勢 | かがむことが多い | 立ち作業中心 | 立ち作業中心 |
| 水分管理 | 土の影響が大きい | 比較的管理しやすい | 精密管理しやすい |
| 肥料管理 | 土壌分析など | 方式による | EC・pHなども管理 |
| 初期費用 | 比較的低い | 高い | 高い |
| 設備依存 | 小さめ | 大きい | かなり大きい |
ポイントは
土耕 vs 高設
と
土耕 vs 養液
が完全に同じ分類ではないことだ。
高設は高さ。
養液は肥料と水の供給方法。
この二つの軸が組み合わさっている。
土耕栽培は地面の土をそのまま利用する
土耕栽培は、ハウス内の地面に畝を作り、そこへいちごを植える方法だ。
昔から使われてきた栽培方法で、現在でも土耕で高品質ないちごを生産している農家は多い。
最大の特徴は、根が自然の土壌へ広く伸びられること。
高設栽培では1株当たり数L程度の限られた培地に根を張ることが多いが、土耕ではその制約が小さい。
また、土そのものが水や肥料をある程度保持する。
そのため短時間給水が止まったからといって、すぐ根が完全に乾燥するわけではない。
機械やセンサーに対する依存度も高設養液より低い。
一方、土は毎年同じ状態ではない。
水分、肥料分、pH、病原菌などの状態が場所によって変化するため、均一に管理する難しさがある。
土耕の大きなデメリットは腰への負担
土耕で分かりやすい問題が作業姿勢だ。
いちごは地面近くに実るため、
・摘葉
・摘果
・受粉確認
・収穫
・株の管理
など多くの作業をしゃがんだ状態で行う。
しかも収穫は数日だけではなく、冬から春まで長期間続く。
高設栽培が開発・普及した大きな理由の一つも、この作業姿勢の改善だった。
農研機構の高設養液システムの開発資料でも、
従来のいちご栽培には「かがみ作業が多い」ことが課題として挙げられている。
高設化すると果実が腰〜胸の近くまで上がり、立ったまま管理・収穫しやすくなる。
高設栽培とは「いちごを高い場所で育てる方法」
高設栽培は、いちごを植えるベッドそのものを地面から持ち上げた栽培方式だ。
農園によって違うが、腰前後の高さにベッドを設置するケースが多い。
そのため、地面ではなく
高設ベンチ
↓
培地
↓
いちご
という構造になる。
いちご狩りでよく見るのもこの方式だ。
果実が高い位置にあるため、大人がしゃがまなくても収穫しやすい。
子どもや高齢者にも果実が見えやすく、観光農園との相性も良い。
ただし、高設にしただけではいちごが育つわけではない。
ベッドの中に何を入れ、どう水と肥料を与えるかが次の問題になる。
高設栽培=水耕栽培ではない
ここはかなり誤解しやすい。
高設栽培だからといって、いちごの根が水に浸かっているとは限らない。
高設いちごでは、
- ヤシガラ
- ピートモス
- もみ殻
- バーミキュライト
- パーライト
- 混合培地
などの固形培地が使われる。
つまり見た目としては、土のようなものへいちごを植えている。
ただし畑の土ではなく、根を張るために人工的に用意した培地を利用している。
そして、その培地へ水と肥料を溶かした培養液を供給する。
この方式が「高設養液栽培」の代表的な形になる。
養液栽培では肥料を水に溶かして与える
土耕では、土に肥料を入れ、根がそこから必要な養分を吸収する。
養液栽培では、水に窒素、リン酸、カリウムなど必要な肥料成分を溶かし、根へ直接供給する。
例えば一日に何回か、
培養液を作る
↓
ポンプで送る
↓
点滴チューブから各株へ供給
↓
余った液を排出または回収
という流れになる。
そのため、
「今日は晴れて蒸散量が多い」
「曇っているので吸水量が少ない」
「株が大きくなったので養分を増やす」
といった状態に合わせて給液を調節できる。
肥料濃度を管理するときによく使われるのがECで、酸性・アルカリ性を見るのがpHになる。
かなり細かく管理できる一方、設備や管理技術への依存度も高くなる。
「養液土耕」はまた別物
さらにややこしいのが「養液土耕」だ。
これは土を使わない養液栽培とは違う。
地面の土にいちごを植えたまま、
水+液体肥料
を点滴チューブなどで少量ずつ与える方式になる。
つまり、
土耕栽培
+
精密な点滴施肥
のような方法だ。
そのため、
・高設栽培
・養液栽培
・養液土耕
はそれぞれ別の概念として考えた方が分かりやすい。
土耕と高設では、いちごの味が違う?
消費者として一番気になるのはここかもしれない。
「土で育てたいちごの方がおいしい」という話を聞くことがある。
確かに農家によっては、土耕の方が味に厚みが出ると評価する人もいる。
ただし、公的な試験結果を見ると、
土耕だから甘い
養液だから味が薄い
とは断定できない。
島根県農業試験場が「とよのか」で行った試験では、
高設式養液栽培で10a当たり約6tを収穫し、土耕慣行栽培より約5割多収になった。
さらに糖度や果実硬度も土耕よりやや高かった。
養液栽培でも十分に品質の高いいちごを作れることになる。
味を決めるのは栽培方式だけではない

いちごの味には、
- 品種
- 完熟度
- 株に残している果実数
- 日射量
- 気温
- 水分管理
- 肥料管理
- 収穫時期
など多くの要因が影響する。
特に水分は重要だ。
大量の水を吸収すれば、果実が大きくなりやすい一方で糖度が下がることもある。
反対に水分を強く制限すれば糖度が上がる可能性があるが、果実が小さくなったり収量が低下したりする。
農家が求めているのは、糖度だけを最大化することではない。
大きさ、収量、酸味、香り、硬さ、日持ちまで含めて商品として最適な状態を作る必要がある。
そのため「土耕か高設か」だけで味を比較するのはかなり難しい。
同じ品種でも管理によって味は変わる
例えば同じ紅ほっぺを、
・土耕農家A
・高設農家B
で比較したとしても、
・水の量
・肥料濃度
・収穫熟度
・日射
・着果数
まで違えば、栽培方式だけの比較にはならない。
逆に、養液栽培は水分や肥料を細かく制御できる。
うまく管理すれば糖度や酸度を狙った範囲へ近づけやすいというメリットもある。
土耕には土壌という大きな緩衝材がある。
高設養液には精密に制御できるメリットがある。
それぞれ違う方法で品質を作っている。
高設養液栽培は収量を増やしやすい?
これも「必ず増える」とは言えない。
ただし、公的な試験では高設養液によって高収量を実現した事例がある。
神奈川県で開発された培養液循環型高設システムでは、「章姫」を使った現地試験で10a換算7.6t程度の収量に達した。
島根型システムでも、とよのかで約6t/10aを記録し、土耕慣行栽培より約5割多収となった。
理由として、
- 根域環境を管理しやすい
- 水・肥料を安定して供給できる
- 収穫期間を延ばせる
- 株ごとの差を小さくしやすい
などが考えられる。
ただし品種や設備、栽培技術によって結果は変わるため、「高設なら○t採れる」というものではない。
高設栽培の弱点は根の環境変化が速いこと
高設養液は精密に管理できる。
これはメリットだが、逆に言えば管理に失敗したときの影響も速い。
土耕では大量の土が水と肥料を保持している。
一方、高設では1株当たり数L程度の限られた培地しか使わない方式もある。
和歌山県の試験では、高設ベッドの培地量を4L/株から2L/株へ減らすと、昼夜の培地温度変化が大きくなった。
根を張れる空間が小さいため、
・給液停止
・ポンプ故障
・高温
・肥料濃度の設定ミス
などの影響が株へ出やすい。
高設養液は「簡単な栽培方法」というより、設備によって細かく制御する方法になる。
土耕と高設では費用がどれくらい違う?

費用比較はかなり難しい。
ハウスを新設するのか。既存ハウスを使うのか。
暖房機や環境制御装置を入れるのか。
高設ベンチを自作するのか。
これだけでも数百万円から数千万円単位で変わる。
そこで、公的資料の実例と最近の設備価格を参考に、10a(1,000㎡)で新しく始める場合のイメージとして整理する。
栽培設備部分だけのモデル
| 方式 | 10aの設備費イメージ |
|---|---|
| 土耕 | 数十万〜200万円程度 |
| 簡易高設 | 300〜500万円程度 |
| 一般的な高設養液 | 500〜1,000万円程度 |
| 高機能高設養液 | 1,000万円超もある |
※ハウス本体・暖房設備・作業舎・車両などを除く参考モデル。実際の見積額ではない。
過去の公的な開発事例を見ると、神奈川県の培養液循環型高設システムは10a当たり約432万円だった。
当時県内で導入されていた別の高設システムは約800万円/10aとされている。
島根型養液栽培システムでは培地加温設備を含めて約480万円/10a、施工費別だった。
設備仕様によって、同じ10aでも数百万円の差が出ることが分かる。
ハウスまでゼロから作るともっと高くなる
先ほどの数字は主に高設・養液設備部分だ。
実際に新規就農でゼロから始める場合には、
- ビニールハウス
- 高設ベンチ
- 給液設備
- 暖房機
- CO2設備
- 電気工事
- 井戸・水源
- 選果・冷蔵設備
- 作業場
などが必要になる。
そこで、あくまで規模感を見るためのモデルを作ると、
■10a・新品中心の場合
・土耕
→ 2,000〜3,000万円前後
・高設養液
→ 2,500〜4,000万円前後
くらいになるケースもある。
これは標準価格ではない。
ハウスの耐風・耐雪性能や設備レベルで大幅に変わり、中古ハウスや既存施設を使えば大きく下げられる。
逆に高度な環境制御設備まで入れれば、さらに上がる。
重要なのは、高設にすると数百万円単位の追加投資が発生するという規模感だ。
20aなら高設設備だけで1,000万円を超えることもある
農研機構が島根県で試算した高設栽培システムでは、20a規模の場合、
・従来方式
約1,200万円
・低コスト化したハンモック方式
約884万円
だった。
低コスト化しても、高設部分だけでかなり大きな投資になる。
一方、この試算では開発システムによって収量を増やし、
20aの粗収益を約1,210万円から約1,640万円へ高めるモデルも示されている。
高設は、
・高いから損
でも、
・収量が増えるから得
でもない。
追加投資と、それによって増える収量・省力化・経営規模をセットで考える必要がある。
高設に数百万円かける理由は腰だけではない
ここまで見ると、「立って収穫するために数百万円もかけるのか」と感じる。
ただし高設化のメリットは作業姿勢だけではない。
作業時間
立った状態で株を確認できるため、収穫だけでなく摘葉や管理作業も行いやすい。
観光農園
いちごが見やすく、通路を整備すれば子どもや高齢者も利用しやすい。
給液管理
養液システムと組み合わせれば、株ごとの水・肥料条件をそろえやすい。
土壌病害対策
畑の土から根域を分離できる。
労働力確保
腰への負担が小さくなることで、長時間作業や雇用者の作業負担を軽減しやすい。
農業経営として考えると、「いちごが育つか」だけでなく、人が何年間働けるかも重要になる。
では土耕と高設、どちらが優れている?
一概には決められない。
小規模で初期投資を抑え、良い土壌があるなら土耕にも大きなメリットがある。
逆に、
・規模を拡大したい
・雇用を入れたい
・作業負担を減らしたい
・観光農園をしたい
・環境を数値管理したい
なら、高設養液のメリットが大きくなる。
整理すると、
| 重視すること | 向きやすい方式 |
|---|---|
| 初期費用を抑える | 土耕 |
| 腰への負担を減らす | 高設 |
| 精密な水・肥料管理 | 高設養液 |
| 土の特性を生かす | 土耕 |
| 観光いちご狩り | 高設 |
| 自動化・大規模化 | 高設養液 |
| 設備故障リスクを減らす | 土耕 |
| 根域を土壌から分離する | 高設養液 |
味については、
どちらでもおいしいいちごは作れる
というのが、調べた中では一番実態に近かった。
調べて思ったこと
高設栽培について調べる前は、土を使わず水だけで簡単に育てる新しい栽培方法というイメージを持っていた。
実際には、高設と養液は別の話だった。
いちごを高い位置へ上げることで作業はかなり楽になる一方、
根が使える培地は小さくなり、水や肥料を人が細かく管理する必要がある。
つまり自然任せを減らす代わりに、人と設備による管理を増やしている。
味も「土で作った方がおいしい」と単純には言えなかった。
高設養液でも糖度や品質が高くなった試験例があり、品種や水分、日射、収穫熟度などの影響の方が大きい。
そして一番驚いたのは費用だった。
10aでも高設設備だけで数百万円、新規ハウスまで含めれば数千万円規模になる可能性がある。
いちご狩りで何気なく見ていた腰の高さのベンチは、単に摘みやすくするための棚ではなく、
農家の労働負担、収量、品質管理、設備投資まで含めた栽培システムそのものだった。
出典
- 農研機構「毛細管現象を利用した培養液循環型イチゴの高設式養液栽培システム」
- 農研機構「開発したイチゴ高設栽培システムの経済性」
- 島根県農業技術センター「環境にやさしい島根型イチゴ養液栽培システム」
- 和歌山県「イチゴ高設栽培における培地量削減技術」
- 農研機構「イチゴの高設栽培と品種特性」

